世界は少しだけ、優しい
ダラスに行った。
W杯の熱気をこの目で見た。
あの夢見た世界がそこにあった。
もちろん僕にはその中に「飛び込む」程のパーソナリティは持ち合わせてはいない。
この熱量を正しく伝える言葉も持っていない。
W杯の試合が行われた街で
人々が騒ぐ光景は
おそらくは渋谷のそれとそんなに違わない。
彼らは熱狂したいのだ。
その対象がサッカーであったことは
偶然の幸せであり
ある国においては必然であったかもしれない。
ダラスの風は思ったより少しだけ涼しかった。
喧騒の中を歩くのは日本のソレとは違い心地良かった。
海外、という僕にとって得体のしれない場所。
感じたことのない文化。
触れたことのないものへの恐怖。
そういったものが急速に薄れていくのを感じた。
これこそW杯の魔法かもしれない。
それでも誰とでも気軽に話せるようになったわけでもないし、知らない人と陽気に挨拶が出来るようになったわけでもない。
ただ
知らない土地の知らない人々。
出自も分からない人達が
青とオレンジのユニフォームを身にまとい
同じ場所に集まる。
彼らをみて、全く知らないものへの恐怖から
同じ人類であることの少しの安心感と
試合後に見せたオランダサポーターの
日本のファンへの笑顔。
それが僕の恐怖心を和らげてくれた。
どうやら世界は僕が思っているより
少しだけ優しいみたいだ。
今日もどこかで殺し合いは起きている。
紛れもない事実として酷い事件や、戦争は終わらない。
W杯でどれだけゴミを集めたとしても
街はゴミで溢れているし、
花見のあとの悲惨な状況は変わらない。
それでも
少しだけマシだと思える瞬間が世の中にあったっていい。
海の外は、僕が想像していたより悪くない。
言葉が通じなかったり
荷物が帰ってこなかったり
ホットドッグが高すぎたりするのは
ほんの些細なことなのだ。
試合の翌日はM-LINEに乗って市内を1周した。
ただそれだけだ。
どの店にも入っていない。
何もしてない。
地元の人にとっては何もしてないに等しい1日。
日本からわざわざ来たのに?という人もいるだろう。
W杯に行った多くのサポーターが向かったであろうファンフェスにも行かず
オランダサポーターとの交流もなく
共に撮った写真などない。
それでも僕にとってはとてつもない冒険であり
大きな一歩だった。
あのアメリカの大地を歩いたのだ!
子供が知らない街を歩くだけでワクワクするような、そんな感覚でWESTvillageを歩いた。
何も起きなかった。
何もなかった。
これが僕の大冒険だ。
これから僕は何度でもこの日のことを思い出すことが出来る。
その度に幸せな気持ちになれる。
これは、あの日、あの場所に行った者の特典だ。
何回でも何十回でも何百回でも
思い出の中からあの日の喧騒を呼び起こせる。
素晴らしい思い出をもらったのだ。
これが僕のW杯であり、僕の世界。
最後に。
今回ダラスに行けたのは、本当に周囲の人のお陰だと思う。
ねこさんは、サッカー無興味から始まり
まさかの海外にまで着いてきてくれた。
彼女が楽しんでくれたことが本当に良かった。
こうやってブログを見てくれる人たち
youtubeを見てくれる人たち
ポコチャで毎日話を聞いてくれる人達
仕事を1週間以上の休みを文句1つなく認めてくれた上長や、プロジェクトメンバーの人たち。
ここまで健康に居られたこと。
全ての当たり前ではないものの、積み重ねの先に
この大冒険があった。
僕だけじゃない。
感謝。
※ この記事は、2026年6月24日にアメブロ「虚言」で書いたものを移しました。














